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札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)208号 判決

控訴人

片山金一

右訴訟代理人

郷路征記

外一名

被控訴人

北海道

右代表者・知事

堂垣内尚弘

右訴訟代理人

山根喬

右指定代理人

国沢勲

外六名

主文

当審における控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一控訴代理人は当審において訴を交換的に変更し、新訴につきその請求の趣旨として、「被控訴人は控訴人に対し、七〇万円およびこれに対する昭和四八年三月一日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、旧訴である妨害排除の訴を取り下げた。

被控訴代理人は右訴の変更に異議なく応訴し、新訴の請求の趣旨に対する答弁として、主文同旨の判決を求め、右旧訴の取下に同意した。

第二控訴人は請求の原因として次のとおり述べた。

一  控訴人は昭和四二年八月頃から摩周湖第一展望所第一駐車場内の別紙図面斜線の部分(以下、本件駐車場部分という。)を、公道使用権に類似した公共駐車場使用権に基づいて使用し、同所においてバスを改造した自動車により「食堂ジプシー」の名称のもとに飲食業を営んでいた。

二  ところが、地方公共団体である被控訴人の公権力の行使にあたる公務員である後掲保健所職員、警察官、釧路支庁係員はその職務を行うにつき、違法であることを認識し、またはこれを過失により認識しないで、後記のような一連の控訴人に対する加害行為をなし、その結果、控訴人の本件駐車場部分の使用を断念せしめた。すなわち、

1 昭和四三年七月頃、北海道標茶保健所係員は二、三日置きに控訴人の前掲自動車に立入検査を行い、その車内にはえがいるほこりがある、食器が汚れている等と針小棒大に述べていやがらせをなした。

2  その頃弟子屈警察署の制服警察官は、バスで到着した観光客が前掲自動車に集まると違反車だから立入らないよう注意し、四方八方から写真を撮影するという方法で控訴人の営業を妨害した。

3  昭和四四年六、七月頃、同保健所職員、警察官から上記のような態様で数度いやがらせを受けた。

4  昭和四五年六月初旬、警察官、保健所職員、弟子屈町吏員、被控訴人の釧路支庁係員等約四五名は控訴人の自動車を取り囲み、口々に「違反だから止めて帰れ。」「検挙してしまえ。」、「検挙して自動車を没収すれば商売が出来なくなるのだから一番よい。」等と暴言を吐いた。

5  被控訴人の釧路支庁は、同年六月中旬、本件駐車場に、「物品の販売その他の営業を行うため立入ることを禁止する。」旨の制札を設けた。

6  同年六月下旬、警察官および前記保健所職員他一四、五名が来て、控訴人に対し、「違反だから止めて帰れ。」と強制した。

7  同年七月には二日置きに警察官が来て、「違反だから止めろ。」、「仏の顔も三度だ。」、「一度署に来い。わかるようにしてやる。」等と暴言を吐き、更に前記同様の態度で写真撮影を行つた。

8  同年七月末から九月にかけて被控訴人の釧路支庁は控訴人に対し営業禁止の警告書や指示書を手交し、控訴人に対し直ちに立ち退くことを求めた。

9  同年九月二一日午後、道警釧路、北見方面本部、弟子屈警察署は控訴人ら業者を排除するため一斉手入れを行つた。もつとも、控訴人は午前中で商品を全部売り切つたため午後から現場に居合わせず難を免れた。

10  昭和四五年一一月一二日に川上郡弟子屈町に所在する東岳荘において被控訴人の釧路支庁、同網走支庁、道警釧路方面本部、弟子屈警察署、釧路警察署、美幌警察署、弟子屈営林署、弟子屈町、美幌町、阿寒町等の関係者が参集し、昭和四六年度も阿寒国立公園内の露店商等の取締りを徹底させることを申し合わせた。

三  以上のとおりであるから、被控訴人は右加害行為による本件駐車場部分の使用妨害とこれに伴う営業中断により生じた控訴人の後記損害を賠償する義務がある。

1  慰藉料 五〇万円

控訴人は、かつて釧路市内の店舗立退問題で生きる希望を失つていたところ、摩周湖の自然のすばらしさに心を打たれ、これを愛するとともに一人でも多くの人々にこのすばらしさを理解してもらいたいと願い、昭和四三年以来同所において営業をして来たものである。従つて、この営業は控訴人にとつて生きがいともいうべきものであつたので、心して良心的に経営し、便所の掃除、飲み水の提供、園地の掃除等を行い、観光客が自然の美しさに浸りきれるよう努力してきたものである。控訴人の右生きがいは、被控訴人のほしいままな意思の変更による加害行為によつて昭和四六年以来今日まで奪われている。よつて、これにより控訴人が蒙つた精神的損害は、五〇万円を下らない。

2  弁護士費用 二〇万円

控訴人は被控訴人の違法な妨害行為の排除を求める訴訟の遂行を組村真平、福岡定吉両弁護士に委任し、右訴訟の着手金として、昭和四五年九月末日頃両弁護士に合計二〇万円を支払つている。

四  よつて、控訴人は被控訴人に対し、上記合計七〇万円およびこれに対する本件訴変更申立書が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四八年三月一日から右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被控訴人は答弁として次のとおり述べた。

一  請求原因第一項のうち、控訴人が本件駐車場部分において、その主張のような営業をしたことは認めるが、その余は否認する。

二  請求原因第二項のうち

1  冒頭記載部分は争う。

2  同項1および2の事実は否認する。

なお、北海道標茶保健所の職員が昭和四三年五月一九日、六月一日、同月一二日から一四日まで、七月七日、同月一〇日、同月一一日および八月二六日から二八日までの七回にわたり、食品衛生法に基づく監視または指導のため、本件第一展望所に出張し、五月一九日の出張の際に弟子屈警察署の警察官と同行したほか、警察官と同行したことが一、二回ある。

3  同項3の事実は否認する。

なお、北海道標茶保健所の職員が昭和四四年において六月二二日、同月二四日、七月二日から四日まで、同月一六日から一八日まで、八月二日から三日まで、同月二〇日、同月二五日から二七日まで、九月二九日、一〇月三一日および一一月一二日の一〇回にわたり食品衛生法に基づく監視または指導のため本件第一展望所に出張し、六月二四日の出張の際に弟子屈警察署の警察官と同行したことはある。

4  同項4ないし9の事実については、

控訴人主張の右事実のうち、昭和四五年六月初旬、警察官、保健所職員、弟子屈町吏員、被控訴人の釧路支庁係員等が本件第一展望所に出張したこと、被控訴人の釧路支庁が同年八月一日から九月にかけて、控訴人に対しその主張のような警告書や指示書を手交して直ちに立ち退くことを求めたこと、控訴人主張の頃、本件駐車場にその主張のような項目が記載してある制札を設置したことはあるが、その余の事実はすべて否認する。なお、前掲月日や写真を撮影したことがあるが、これは控訴人等の営業の現況を把握するためになされたものである。

5  同項10の事実については、控訴人主張の会議が行われ、昭和四五年度実施した取締り結果の検討および昭和四六年度の取締り対策につき打合わせを行つたことは認め、その余は争う。

三  請求原因第三項のうち

控訴人がその主張のようにその主張の両弁護士を委任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第四被控訴人は抗弁として次のとおり述べた。

一  被控訴人が上記のような制札を設け、控訴人に対し口頭または指示書、警告書の交付により立退きを求めたのは、控訴人の本件駐車場部分の使用が自然公園法二四条一項二号所定の「展望所、休憩所等をほしいままに占拠し」たことに該り、同法違反となるため、これをせん明し、指示ないし警告をしたに過ぎない。これを詳述すれば次のとおりである。

二  本件駐車場は摩周第一展望所の一部であり、これは阿寒国立公園の公園計画に基づく摩周特別地域内に所在する園地として、被控訴人が公園事業の執行上管理する区域である。従つで、控訴人が使用していた本件駐車場部分は、もとより自然公園法二四条一項二号所定の「展望所、休憩所等」に該当する。

三  更に、控訴人がその主張のような経過によりその主張のとおり営業許可を受けて営業をしていたことは認めるけれども、本件駐車場を使用し、同所においてその主張のような営業をすることは、自然公園法二四条一項二号所定の「ほしいままに占拠し」たことになるといわねばならない。すなわち、

1  国立公園は我国のすぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、国民の保護、休養および教化に資する地域であるところ、前掲特別地域は、右国立公園の指定の趣旨に鑑み、景観のすぐれた地域、自然状態を保護する地域、公園利用上重要な地域、特色のある人文景観を有する地域を有するものについて風致の維持または育成を図る地域であつて、自然公園の保護の根幹をなすものである。そして、本件第一展望所は、昭和二九年八月三日厚生省告示第二一七号をもつて公示された阿寒国立公園の公園計画に基づく公園事業執行のため被控訴人が国から借り受けた土地に設けた単独施設であり、昭和三三年一一月一〇日厚生省告示第三三三号をもつて摩周第一展望台園地事業の名称のもとに公園事業として決定が公示され、同月二二日北国第一二三九号をもつて厚生大臣の承認を受けて被控訴人が設置、管理している園地である。しかも、本件第一展望所は慎重な手続と莫大な費用を要し、公園の本質たるすぐれた自然風景を損うことなく、いかにして公園としての素質を保全しながら、国民の休養的利用のための有効適切な方途を講じ、摩周湖の美観を展望させうるかという公園計画に基づいて設置されたものである。もつとも、このような園地を設けること自体、公園の本質たる自然風景に何らかの損傷を与えることは必至であることから、公園計画の内容には、その公園のいかなる地域をいかなる方法で保護するかという規制の計画と、それに対応してどこに、いかなる種類のいかなる規模の保護施設を設けるかを定める施設計画とを包含する。そして、公園事業は、このような公園計画に基づいて執行する事業であつて、国立公園または国定公園の保護または利用のための施設で政令で定める施設に関するものであり、これらの計画を実現し、自然公園法の目的を達成するためのものである。従つて、公園事業の執行として設けられた施設はもとより公園目的に副うよう管理運営されるのである。

2  以上のとおりであるから、本件第一展望所における駐車場の設置、整備についても、公衆便所の設置についても細心の注意を払つて摩周湖のすぐれた風景に対応しうる園地たるにふさわしいよう設計しているのであるから、その管理運営にあたつては、法の趣旨に則り当該施設の設置目的に鑑み、或る種の行為については自然公園の本来の目的に幅わないものとして禁止し、利用者をして不快の感を与えないよう留意すべきである。而して、本件第一展望所内における物の販売等もその例にもれず、これを何ら制約しないで自然のままに放置すれば、多数業者が集まり、争つて客を呼び、客に押しつけがましい行為をすることも絶無とはいえないし、また、自然公園をその本来の目的に従つて利用しようとする人にとり、物品販売を目的とする者がむやみに入りこむことは、不快の感じを伴うことを免れず、そのこと自体、公園としての品位を害し、公園としての使命を達成するのに遺憾なことといわなければならない。もつとも、控訴人は駐車場を使用していたものであるが、当時本件第一展望所における駐車施設がすでに狭あいの状況になつていたため、被控訴人は駐車場の拡張工事に着工し、昭和四六年度および昭和四七年度において一四五〇万円の費用をもつて右駐車場の整備完了を計画していたものであり、かような実状の下で、控訴人のように本件駐車場を物品販売のために使用することは、他の利用者に対し迷惑をかけることになる。のみならず、かようなことは外形上駐車の観を呈していたとしても、そもそも駐車場の本来の使用目的に反するものであり、駐車に籍口して右施設の管理者たる被控訴人の意思に反してこれを使用するものとして許されない。

3  本件第一展望所を設置し、その管理運営にあたる被控訴人は、その由緒ある沿革を重んじ、自然の造型的美観を損じないよう配慮するとともに、利用者の立場を十分考慮し、昭和四〇年八月六日四〇林第一七五三号、林務部長通達により、各支庁長に対して「許可なく物品の販売その他の営業行為を行うため立入らないこと。」等四項目にわたる禁止事項を記載した制札を設け、更に、昭和四五年六月一三日に五項目の禁止事項を記載した前掲制札を設けて、本件第一展望所の管理者として右施設の設置目的に反した利用を禁止する意思を再度せん明したものである。

第五控訴人は抗弁に対して次のとおり述べた。

一  抗弁第一項のうち、本件駐車場部分が阿寒国立公園区域内に指定された特別地域であり、被控訴人が公園事業の執行として管理する区域であることは認めるが、本件駐車場部分において営業をした控訴人の行為が自然公園法二四条一項二号所定の「展望所、休憩所等をほしいままに占拠」したことになるとの被控訴人の主張は争う。すなわち、

二  前掲法条は公園利用者に著しい迷惑をかける行為を禁止し、その行為の例示として、展望所、休憩所等をほしいままに占拠することを挙げている。そして、展望所、休憩所等と列挙した法の趣旨からすれば、「展望所、休憩所等」とは、園地内のこれらと同視すべき建造物その他の施設を指すと解すべきところ、本件駐車場は園地外にあり(園地は柵をもつて囲まれ、被控訴人も立札に園地内および駐車場云々と表示し、これを区別している。)、右の「展望所、休憩所等」に含まれるべきではない。

三  憲法二二条は公共の福祉に反しない限り職業選択の自由がある旨明記しているのであるから、被控訴人は公共の福祉に反しない限り控訴人の営業を妨げてはならない。ところで、控訴人は北海道釧路保健所長に対し、昭和四二年八月二一日付をもつて営業場所を本件駐車場を含む地域として、自動車による飲食店営業の許可申請をなし、同保健所長は食品衛生法に基づき、昭和四二年八月二六日付釧保第二四五四号指令をもつて有効期限を昭和四四年八月二六日と定めてこれを許可し、右許可は昭和四七年七月一八日付営業許可更新申請により昭和四四年八月二五日付釧保第二六九五号指令をもつて有効期限を昭和四六年八月二六日までと定めて更新され、更に、昭和四六年八月二四日付の営業許可申請に対し、昭和四六年九月六日付釧保第三七一六号指令をもつて有効期限を昭和四八年八月二六日まで、営業場所を本件駐車場を含む地域と定めて許可されている。このように、控訴人の営業は法律にも違反せず、公序良俗をも害することもなく何らの公共の福祉に反するものではなかつたのであるから被控訴人に妨害されるいわれはない。

四  自然公園法二四条一項二号所定の「展望所、休憩所をほしいままに占拠する」ことの解釈につき、これを国立公園に来遊する一般の利用者のために作られた一切の施設を管理者の承諾を得ないで、本来の目的以外に相当な時間にわたり占有するものとし、その行為が具体的個別的に国立公園の利用者に著しく迷惑をかけるか否かを問わない趣旨とするならば、物品の販売その他の営業が通常一定の地域を一定の時間にわたつて占有することを本質とする以上、殆んどすべての営業が前法条により禁止されることとなり、国立公園の特別地域内での営業自体を直接禁止しているのと同じ結果になるといわねばならない。のみならず、同項二号所定の悪臭の発散、騒音の発生がいずれも「著しく」なされ、客引きが「嫌悪の情を催させるような仕方」でなされる場合にのみ禁止の対象となつていることに照らしても、右にいう「ほしいままに占拠」の解釈については同趣旨になされるべきであり、結局、占有する目的、場所、面積の大小、態様、期間等の具体的な諸事情を勘案して、それが同号の他の例示と同程度に利用者に著しい迷惑を及ぼすか否かによつて決すべきである。

五  被控訴人は昭和四五年に右条項の解釈を前述のように利用者に著しく迷惑をかけるか否かを問わない趣旨に変更し、右条文を根拠に控訴人の営業につき種々の妨害行為をなしたものであつて、その真の意図は国立公園の利用者に迷惑となる行為を取締ることではなく、本件展望所附近における一切の営業行為を禁圧することにあつたといわざるをえない。

被控訴人のこのような意図は、次の事実からも窺われる。すなわち、昭和四三年五月本件展望所に観光客の休憩所としてレストハウスが建設されたところ、同所に地元の観光業者が入居し、民芸品、装飾品、その他の土産品、食料品等を販売し、その販売価格が市価の約三倍程度の高額で観光客の不評を買つているのみならず、かようなことでレストハウスの実態は法の予定する休憩所ではなく、営業店舗となつているのである。しかもレストハウス内の業者は本件駐車場を使用しており、これは正に物品販売の目的で駐車場を使用しているといわざるをえない。

ところが被控訴人は、暴利をむさぼり観光客に迷惑をかけている上記業者に対して何らの規制を加えないで、後述のように観光客に喜ばれていた控訴人の本件駐車場の使用を禁じ、営業を妨害することは、不平等な行政権の行使であり、被控訴人の前述のような意図の現れであるといえよう。

六  控訴人は観光客に迷惑をかけたことはなく、公園の風致に何らの害を与えたことはなかつた。かえつて控訴人は本件展望所附近に水がないため常時車内に水を用意して観光客に無料で飲料水を提供し、或いはバス等の車がオーバーヒートした場合や車の修理後に運転手が手を洗うための水を無料で使用させ、更に控訴人自ら早朝に駐車場附近を清掃したり、自費で塩酸を購入して汚れるにまかせていた公園の公衆便所を掃除したりして、公園の美観維持に努め、また北海道の味覚というべきラーメン、ソバ、ジャガイモ等を廉価で販売していたのである。かように、控訴人の営業は観光客の旅情を慰め、摩周湖の一つの風物詩として珍重されていたものであり、観光客に喜ばれ、公園の風致を増強することはあつても、これを阻害するものは何もなかつたのである。

被控訴人は展望所附近の駐車場が当時狭あいであつた旨主張するけれども、本件駐車場に連なつてその南側、レストハウスの前には、更に広大な第二駐車場が存在していたものであり、観光シーズンの最盛期においても被控訴人主張のように混雑していたことは考えられない。被控訴人は右のように狭あいになつたため新たに第二駐車場の南側隣接地に駐車場を造成中であると主張し、現にこれが造成中のようであるが、同所には、かつて白かばの木が大小一〇〇本あまり群生していたところ、昭和四三年九月弟子屈町商工会が観月会を行うに際し、右の木をブルドーザーで取り払い、地ならしをしてその木でたき火をしたものであり、その跡地に造成工事をしたに過ぎず、既存の駐車場が狭あいになつたためではない。

第六証拠関係〈省略〉

理由

第一控訴人が本件駐車場部分において、その主張のような営業をしていたことは当事者間に争いがない。

第二そこでまず、控訴人主張にかゝる公務員が、その主張のような加害行為をなしたか否かにつき以下判断する。

一  控訴人主張の請求原因第二項1ないし3の事実について。

〈証拠〉によれば、被控訴人主張の日、その主張のように北海道標茶保健所の職員が、食品衛生法に基づく監視または指導のため、本件第一展望所に出張し、そのうち昭和四三年五月一九日および六月二四日には弟子屈警察官が同行した事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

しかしながら、右認定の監視または指導の際、控訴人が主張するように前記営業に支障を来たすような言動により控訴人に対するいやがらせ等がなされた事実〈中略〉を肯認しうる証拠はない。

二  控訴人主張の請求原因第二項4ないし10の事実について。

1  右事実のうち、昭和四五年六月初旬、警察官、保健所職員、弟子屈町吏員、被控訴人の釧路支庁係員等が本件第一展望所に出張したこと、被控訴人の釧路支庁が同年八月一日から九月にかけて、控訴人に対し、その主張のような警告書や指示書を手交して直ちに退くことを求めたこと、控訴人主張の頃、本件駐車場にその主張のような項目が記載してある制札を設置したこと、控訴人主張の会議が行われ、昭和四五年度実施した取締り結果の検討および昭和四六年度の取締り対策につき打合わせを行つたことはいずれも当事者間に争いがない。そして、その余の事実については、控訴人の主張に副うかのような〈証拠は反対証拠〉に照らして直ちに措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  ところで被控訴人は、上記当事者間に争いのない被控訴人のなした前掲行為は、いずれ控訴人の本件駐車場部分の使用が自然公園法二四条一項二号所定の「展望所、休憩所等をほしいままに占拠し」たものであり同法違反になるので、これに対処する適法な措置を講じたに過ぎない旨主張し、控訴人はこれを争うので、以下この点について判断する。

(一) 控訴人が使用していた本件駐車場部分が、阿寒国立公園内に指定された特別地域であり、北海道が公園事業の執行として管理する区域であることは当事者間に争いがない。

(二) およそ、自然公園法の定めるところにより指定を受けた自然公園は、同法に明記しているとおり、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り国民の保健、休養および教化に資することをその目的とし、この目的達成のためいわゆる公用制限が課せられ、必要な限度において、この区域内における一定の行為が禁止または制限されているところ、更にその風致を維持するため、公園計画に基づいて指定された本件の如き特別地域内においては利用者の適正な利用を意図し同法二四条一項において何人もみだりに利用者に著しく迷惑をかける行為をしてはならない旨定め、利用者の快適な行動を阻害する一切の行為を対象として、その利用阻害行為を規制し、その例示の一つとして同項二号に「展望所、休憩所等をほしいままに占拠」することを掲記しているものである。そして、右条項の解釈に当つては、上述のような自然公園法の意図するところと風景地という特別の背景を加味しながら、時と場所その他使用状況等を考慮のうえ、一般の社会通念に従つてなさるべきである。

(三) 叙上の見地に立脚し、これを本件の事実関係に照らして以下判断する。

(1) そこで、まず控訴人が営業のため使用していた本件駐車場部分が前掲条項にいう「展望所、休憩所等」に該るか否かにつき検討する。

原審における検証の結果によれば、本件駐車場は湖水観望のため特に設置されているいわゆる摩周湖第一展望台の西方で道々摩周屈斜路湖畔線寄りの低地部分にあり、同所より横断歩道と標示されている部分を経れば、南北に通ずる巾3.10メートルの歩道に接し、その直前にある一〇段足らずの石段を上れば、湖畔沿いに南北に細長く伸びた狭あいな高地部分に設けられた遊歩道に至り、そのすぐ左側東北端に前掲第一展望台が存することが認められる。

そうすると、本件駐車場は右展望台と近接しているのみならず、右認定のような場所的関係からみて観光客等一般利用者にとり、公園の利用上右展望台と付加一体をなすものといわざるをえない。従つて、上記のような自然公園法における規制の趣旨からみれば、もとより右にいう「展望所、休憩所等」に該当するものと解すべきである。

(2) そこで、次に控訴人が右展望所等を「占拠」したか否かにつき検討する。

〈証拠〉によれば、控訴人は当時観光シーズン中雨天の日を除いて、殆んど連日にわたり通常早朝五時頃から午後三時頃まで本件駐車場部分を営業のため使用していたことが認められ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。そして右認定事実に前記争いのない事実を併せ考えると、控訴人は営業のため本件駐車場部分をほぼ恒久的に継続して使用していたものであることが明らかというべく、この実態からみれば優に排他独占的に本件駐車場部分を使用していた状態にあり、従つて右にいう「占拠」に該るものと断ぜざるをえない。

(8) 更に、控訴人の右占拠が「ほしいまま」になされていたか否かにつき検討する。

右にいう「ほしいまま」の解釈に当つても、さきに述べたように自然公園法の立法趣旨を背景として、その使用状況等を勘案のうえ、社会通念に則りなされるべきであるところ、〈証拠〉によれば、本件駐車場は阿寒国立公園のなかで特にすぐれた景観を誇る摩周湖第一展望台を訪れる観光客等一般利用者の便宜に供するため公共的に設けられているものであるところ、本件自動車が大型バスを食堂車に改造した相当大きいものであつたため、本件駐車場に出入りする乗用車にとり、これが歩行者に対する見通しをさえぎり、事故惹起の危険をはらんでいたこと、しかもその車体が上記のとおり大型のため一台分の駐車区域内に収まらず、その前車輪がようやく本件駐車場と前掲歩道の境界線に接するような状況で駐車していたため、車体前頭部は右歩道に相当部分突き出ていた関係上、この歩道を往来する一般利用者に支障をもたらしていたこと、そのうえ、本件自動車はその側面に窓口を設け、同所で飲食物を販売するものであつたので、必然的に隣側の駐車区域についてもその利用を余儀なくされていたこと、かように控訴人が本件駐車場の一部を本来の利用目的と異なる営業のために使用することにより、公園自体の美観保持の点からみても好ましいものとはいえないのみならず、駐車場全体としての機能の低下をもたらし、ひいては他の利用者が迷惑を蒙る結果を招来していたことがそれぞれ認められ〔る〕〈証拠判断省略〉。

(4) 叙上の事実関係に徴すれば、控訴人の本件駐車場の占拠はその管理にあたる被控訴人の意思に反し、「ほしいまま」になされたものといわざるをえない。

もつとも、控訴人は、その主張のように本件営業については北海道釧路保健所長から食品衛生法に基づき営業許可を受けて営業していたものであり、しかもその営業方法においても観光客等一般利用者に迷惑をかけていないのみならず、むしろ喜ばれていたものである旨主張する。

なるほど、控訴人がその主張のような経過によりその主張のとおり営業許可を受けて営業していたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人の営業がその主張のように品質、価格についてはもとよりその営業方法においても、レストハウス内の業者と比較すれば良心的であり、その主張のように飲料水をはじめその他の水の提供等により観光客やバスの従業員のうちには控訴人に対して好感を持つ者が居たことが窺われる。

しかしながら、証人大谷和之、同中島勝義が原審において、「食品衛生法に基づく営業許可はその設備を利用して営業するにつき同法に定める衛生基準に合致していれば与えられるものであり、他の法令の規定を排除してまで営業することを許すものではなく、従つてその許可を与える場合には他の法令については全く考慮する余地のない。」旨証言しているとおり、そもそも食品衛生法に基づき保健所長のなす営業許可はあくまでも同法所定の基準に合致しているか否かにより決せられるものであり、自然公園法に違反する占拠が右許可により合法化する所以のものでないことはいうまでもない。

また、控訴人の右占拠がほしいままになされていたか否かについては上述のとおりその使用状況等から客観的にみて判断されるべき事柄というべきところ、これが叙上認定のような状態の下になされていたものである以上、一部の観光客等に喜ばれていた事実が窺われたとしても、これによつて上記認定が左右されるものではない。

(四) 叙上のように控訴人の本件駐車場部分の使用が自然公園法二四条一項二号に違反していたものである以上、他に控訴人の本件駐車場部分の事実上の使用関係(公物使用)を特別の利益として承認すべき特段の事実関係を肯認できる証拠もない本件にあつては、被控訴人の釧路支庁が控訴人主張の頃、その主張のような制札を設け、その主張のように警告書や指示書を控訴人に交付したことは、もとより同法に違反していたことをせん明するとともに、これを無視した場合は処罰されることがある旨警告ないし指示をなし、同所からの立退きを求めたに過ぎず(同法二四条二項、五二条参照)、被控訴人のこれら措置に何らの違法のかどは見当らないというべきである。

第三以上のとおりであるから、控訴人の当審における本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松村利智 長西英三 山崎末記)

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